もしあの頃結婚していたら、なんて思わないことはない。
希望の部署に異動になり、仕事が新鮮で面白く、若さと美しさに自負があった20代前半の自分は、文字通り怖いものなしだった。
友達の紹介で出会ったNとは、向こうの一目惚れでお付き合いが始まった。
旧帝大卒の国家公務員、180センチの長身に整った顔立ちの彼は、とにかく私にベタ惚れだった。
料理が苦手でインスタントしか出したことはなかったが、それでも私が準備してくれたというだけで写真を撮って喜んでいたり、私が友人と旅行に行くからと1週間以上会えない時には、旅行前日の夜に「旅行にはこれを身につけて行ってくれたら嬉しい」とちょっとしたプレゼントを持ってきてくれた。
途中、彼の転勤で遠距離恋愛になった時期もあったが、律儀にも定期的に会いにきてくれた。
お付き合いも1年ほどが過ぎた頃、転勤先から札幌に戻る目処がつきそうということ、また、戻ることができたらその時は結婚を前提に一緒に暮らしてくれないか、と言われた。
当時、自分は結婚のけの字も頭になかったから、実質プロポーズのような言葉に固まってしまった。
と同時に、自分は彼のことを本当に好きではないのだという事にもまざまざと気付かされてしまった。
全く、心が動かなかったのだ。
そんな私の表情を彼は敏感に感じ取っていた。
「返事は今すぐでなくていいから」とその場の話は終わった。
お互いの中にわだかまりを残したまま、数ヶ月が過ぎた。
その会話になったきっかけが何だったかまでは覚えていない。でも、彼の寂しそうに笑った顔が今でも記憶に焼き付いて離れない。
私が、「心の底から好きになれないのが辛い」と伝えたのだと思う。
「いつも俺が好きになればなるほど、相手は離れていく。
君のことをこんなに好きってことは、やっぱりダメってことなのかな」
その後、お互いの仕事の繁忙期や体調不良が重なり、すれ違う生活がしばらく続いた後、お付き合いは終わりを迎えた。
彼のような婚活市場でいうところの高スペック男子を捕まえられるのは、20代だからこその特権だったのだろう。
それでも、愛されてもなお、それを選び取らなかった自分。
その選択が正しかったかどうか、答えが出るのはいつなのだろうか。